戦時下の幕間に光る健気さ

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彼女は私の微笑に赤くなった。
そして私にむかって実に優美な
実にけだかいお辞儀をした、
私が思わず軍帽に手をかけたほど。
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フランスの詩人シャルル・ヴィルドラックの自筆詩稿である。「intermede(幕間)」と題されたもので、第一次大戦下を必死で生き抜く、健気な少女の姿が活写されている。詩人の尾崎喜八が「中間劇」というタイトルで邦訳している。

【中間劇】

私が荒物屋にいるあいだに
一人の小さい女の子が入って来た、
壜を小脇に、
銅貨を手に握りしめて。

「お塩を三スウとビールを一リトル」

皺のよった唇をした彼女のかわゆい口は
大まじめで、こんな事を考えていた、
――急いで下さいよ! なんて苦労なんだろう!

皺のよった唇をした彼女のかわゆい口は
邪魔にするどころかむしろ目立たせていた、
血色のいい頬にある二つのえくぼを。
そしてそのねんねらしい小さい鼻は
彼女の威厳を揶揄していた。

けれども堂々たるお内儀(かみ)さんのようなその眼つきは………
けれども二本の編下髪(あみおさげ)の間に見えるその首筋は!

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「ビールはいかほど上げますね、予供衆」

「六スウ」
彼女は一枚一枚手の中の銅貨をしらべ、
その壜を渡し、そして待ち、
そして待つ事ですっかり緊張していた。

あゝ寝台の脚のあたり、部屋の三角棚の上のあたりに、
この子は持っているのではなかろうか、
紙函の底の、ぼろ屑の中で
寒さにふるえている
声を出すちいさい人形を。

家にはいるのではなかろうか、
何にでも手を出したがる一人の小さい弟が、
それとも火の上には何か御馳走が。

しかしとつぜん口が半ばあけられた。
眼が、堂々たるお内儀さんのやうな眼が
陳列棚のほうへ向けられた、
そこにはいろんなボンボンがあった。

そのとき出口のほうへ行きながら
私は彼女にきいた、「お前の名はなんというの」
彼女はほゝゑんで答へた、「アリース」
「ではアリース、この二スウをお前に」

     ×

その後で、私は往来で彼女に逢った。
彼女は壜と塩とを持っていた。
それに一つの小さい喇叭(らっぱ)も持っていた………

彼女は私の微笑に赤くなった。
そして私にむかって実に優美な
実にけだかいお辞儀をした、
私が思わず軍帽に手をかけたほど。

(一九一六年、アミアンにて)

(尾崎喜八訳『ヴィルドラック詩選集』寺本書房 P126~130)
※旧字、旧仮名は現代表記にあらためた。

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