愛しきものとの永遠

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庭を横切る敷石の道に
おまえの足音がもうきこえないこの午後
すべてはおまえのまなざしが触れたことの記憶に堪えて
新しい季節をととのえようとしている
(「マリゴールド」P48)
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「エウリディケ」について

1979年6月に発行された第2号には、詩人・片山敏彦の未発表詩稿から詩20篇と、事故で亡くした4歳の愛娘についてうたった清水氏の連作「逝いた娘のための十七篇」を収める。

【「逝いた娘のための十七篇」から】
「小さな足音がきこえる。
幼い笑い声がきこえる。
姿を消してしまったおまえの
明るい声が聞こえる。

見失ったと私はおもった、
六月の曇り日の
湿った繁みの蔭に。

だが そこから昔ながらの
おまえの声がきこえて
私を導いてくれる、
心の奥の 遠い 深いところまで、
さびしさのむこうに渡って
どこか 私の知らない
なごやかな国まで。
(「六月の繁みの蔭に」P40~41)

「おまえの在るところが死であるならば
どこよりもそこがなつかしい。
世界のもとのものの深い静かさ、
おお おまえの微笑が
私にみさせるもの、
もう苦しみでも 悲しみでもない
霊のような明るさの
無限のひろがり、
母の胎内のようにあたたかい暗さの
透明なひろがり」
(「死」P45~46)

「けれども この夕べのひろがりのすぐ裏側に
おまえのいるべつな空間があって
おまえはいつものとおり笑いながら
私たちに合図を送っているように思われる」
(「なでしこの花」P49~50)

「おまえは秋の光よりも透明で
夜の匂いよりも繊細だ(中略)
時間を超えたところで交される対話の
深い静かさ」
(「対話」P54~55)

「閂がはずされて
むこう側に空がひろがる。
あかるくて静かな 海に似た空、
それをみる心に身ぶるいを感じさせる空、
森の風をさわやかにする空、
木の実を七宝に熟れさせる空、
この空の下を歩いてゆきたい。
どこまでも歩いてゆきたい。
おまえと手をつないで歩いてゆきたい」
(「空」P57)

「私が先をゆくと
おまえは笑って立ち止ってしまった。
おまえが先をゆくと
私をふりかえっておまえは笑った」
(「私が先をゆくと」P58)

「おまえは笑い 走り
ふりかえる、
金いろの無言のなかを」
(「光の雨」P60)

「空と大地のあいだで
この世らしくなく光が澄みわたる
最後の秋の時間に そこに
おまえの明るい笑いが映るのを私は見る、
褪せることのない明るい笑いが」
(「ツェルマットの万聖節」P66)

「幼い子供の笑いに似て
明るく透きとおった何かが
空を斜切ってゆく気配があった。
その空には雲ひとつなく
静かさがどこまでも深い(中略)
そして 心には いま
翼のかたちに似た光の翳(かげ)が宿っている」
(「フィレンツェの丘で」P67~68)