人生の詩(うた)

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宇宙の全体をつつみながら
宇宙そのものであるこのひろがり
(「ジオットーの青のような」P64)
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「エウリディケ」について

1980年6月に発行された第4号には、15歳で夭逝したフランスの女流詩人サビーヌ・シコーの詩7篇、ドイツ文学者の助廣剛氏による詩7篇、清水氏の詩5篇を収める。サビーヌ・シコーの詩はあどけなく、やさしく、繊細で、揺れている。思春期特有の詩篇といえるだろうか。助廣氏はおそらく早稲田大学の教授を務めた人で、清水氏の同僚だろう。「エウリディケ」は本号で終刊となった。

【サビーヌ・シコーの詩篇から】
「楡の木に出会った。
有名な楡の木に背をむけ
奉納物をもらえない楡の木。

ざらざらで、裸で、とてつもなく大きい彼の円柱を
誰かがその腕に抱きしめたことがあっただろうか?
黙って大きくなりつづける木の円柱を
一本の絹の糸で
私たちははかった。

でも大きくなる――楡の木が大きくなるのを誰が知っている?
たくさんの昼と夜、たくさんの太陽と水、
平和と忘却と幸運……たくさんの!
枝をおとす人たちや青虫たちや疾風のあいだで
私は≪忍耐≫に出会った」
(「楡の木の道」P13)

「植物や鳥だけが苦しんでいる。一人で苦しむすべを学ばなければ。
私、微笑もうとしているだけのつれない人や
歎き悲しむ友だちはいらない。誰も来ないでほしい。

植物は何も言わない。鳥は黙っている。言うことがあって?
誰が何をのぞもうと、この苦しみはこの世でたった一つのもの。
他の人の苦しみでなくて、私の苦しみ」
(「あなたに話すの?」P17~18)

「私は伸びをし、親切な太陽に腕をのばす、
昔みたいに腕が金いろになるように
六月の葉叢のなかの最初の杏みたいになるようにと(中略)

何も想い出させないで。空がこんなにかろやかなんだから!
この空気のかろやかな爽かさを感じて
私がどんなに幸福か、あなたにわかりっこないわ」
(「春」P25~26)

【助廣剛氏の詩篇から】
「おまえの笑い声は
どんな祈りの言葉よりはやく天国にとどき
おまえの泣声はすでに
地獄のこわさを知っているみたいだ」
(「ゼロ才」P36)

「やみのそこのほうからきこえてくるものを
まひるの風のなかにひきだしてごらん
どんな泣声をあげて風はにげるだろう
おまえがひるま知ったしあわせは
くらやみいろのながれにひたしてごらん
どんなかおりがたつことだろう(中略)

このくらやみでは
光といえば記憶がつくるまぼろし
かくれている星たちに
道を照らすちからはないから
ふみだす足が道をつくる(中略)

かすかなのぼり坂でなければ
これがあゆみといえるだろうか
峠へのぼりつめる道ならば
夜明けの海のにおいも
かすかな風がはこぶだろう(中略)

記憶のくらやみの底に光りはじめる
経験の星くず
小さな光たちが
胸をついてやまぬ
このなつかしさのいわれはなに
星たちとともに
やみのいろがうすれてゆく

記憶のくらやみに夜あけの風
朝がにおう
荒れた心のひだに燃え染める朝やけ雲
よみがえる朝露の味
いつかの土のにおい」
(「くらやみ」P40~45)

【清水氏の詩篇から】
「私の深い奥底まで行ってみれば
そこには無数の時間と空間のひろがりがあって
まるで明るい世界の 草原の 風の
笑い顔の 星座のようなものが
宿っているだろうと思う。

私はこうしてものになる。
私はもう世界なのだから
誰に妨げられもせず
あたりの風景を全部 こうして
自分のものにしている。
私のこの斜面を
自由に走りまわる どこか遠い日々よ、
なにが失われたかと探してみても
なにひとつ思いつくものもない
このまったきひろがりよ」
(「夏の風景」P59~60)

「雨のなかの暗い音は いったい
ニ短調なのか それともハ短調なのか
妙にこだわっているうちに
その音に報復されて わたしは
いつのまにか投げ還された。
ここにリピートの記号。
きてみれば いつも
そこは同じ光景の繰り返される
あの幼年時代という最初の舞台で
わたしの人生が そこから
どこまでか
長く単調につづいている。
まるで書いては破り捨てた紙片のように
もう一度
そこになにかいいことが
書いてありはしなかったかと拾い出し
この みじめな暗い音のしみを
目で追ってみても
聞こえてくるのは
こわれた夢のかけらのような
いつも同じメロディーばかりだ。
ほんとうに 子どもにとっては
時間はいつも永遠だ
とはいってみても それは
星たちの世界のこととはかぎらないので
この夜の いつはてるともしれぬ
道のうえの 無数の打楽器の
どれも一回だけの
演奏のようなものだが
そんな楽譜のなかに
ときおり
私のではない筆跡が書き込まれていて
そこだけが
やはり星のインクを使ってあるみたいで
ふしぎに明るい」
(「暗い音」P65~67)