エキゾチックな人生譚

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たった一人の人間の善意は、
千人が辛く当たろうとも、
それをけろりと忘れさせてくれるものなのだ。
悪は悪人が死ねば、それで終わる。
善は正義の人が亡くなっても、
後々までも燦然と輝くものなのだ
(田中良知訳『キラ キラリナ』未知谷 P212)
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本書はフランスの作家ロマン・ロランに才能を見いだされたルーマニアの作家パナイト・イストラティの代表作である。1924年にリーデル出版社から出た初版本で、イストラティの自筆献辞が入っている。

物語は著者を思わせる青年アドリアンが、遠い親戚で厄介者とされている露天商スタヴロの打ち明け話を聞き書きした体裁になっている。スタヴロの生涯は波乱万丈で、中近東のエキゾチックな風物を背景に、人間の醜さと愚かさ、強さと美しさを感じさせるエピソードであふれている。

特に本書のタイトルとなっているキラの姿は脳裏に焼き付く。少年スタヴロは、4つ年上の姉キラ(愛称キラリナ)に魅せられ、崇め、恋していた。スタヴロの目線で描かれるキラリナは若芽のように瑞々しく、はつらつとした天然の美を感じさせる。キラリナは奴隷商人の甘言に騙されてハーレムに売られ、スタヴロは2度と会えなくなるが、キラリナの思い出は不滅の光に包まれて、永遠なるものの象徴となっていくようだ。

辛酸を舐め尽くし、何を信じればよいか分からなくなったスタヴロは、崇高な魂の持ち主であるバルバ・ヤニとの出会いにより救われる。

「厚い雲を散り散りにし、
大地に再び喜びをもたらしてくれる太陽のように、
バルバ・ヤニは俺の魂を蝕んでいた悪に一撃を加え、
俺の心を健康ではち切れんばかりにしてくれた」
(田中良知訳『キラ キラリナ』未知谷 P213)

「何もかもが美しく見え、生きる喜びが感じられた。
醜悪なものにも反感を覚えなくなり、
愚行は二人で笑いのめし、悪巧みも底が透けて見え、
強者の理不尽さも受け流せるように思えた」(同P225)

そしてバルバ・ヤニが死んだとき、スタヴロは「故郷へと舞い戻り、人情味のある人間と近づきになり、かつてキラや母を愛したように、バルバ・ヤニを愛したように、その人間を愛そうと心に決めた」(同P235)のだった。

スタヴロは本質的に明るく、真面目で、敬虔な男なのだろう。たとえ後悔することがあっても、人生に見切りをつけたり、腐ったりはしない。竹のように強くしなやかで、純粋な魂だ。

「憂き目をさんざん見たのに、
俺がまだそんなにすれちゃいないというのは、
《善意》ってものを創り、しかも
めったにお目に掛かれないように、
地獄にいる時にようやく、
蜘蛛の糸みたいにして垂らして下さった御方に、
敬意を表するためなのさ――それがなきゃ、
《人生》やってられねえぜ」(同P219)

世間知らずで無邪気な青年アドリアンは、スタヴロの常軌を逸した体験談をどのように受け止めたのだろうか。スタヴロはアドリアンにとってのバルバ・ヤニになるのだろうか。その答えは本書に続いて刊行され、全体で10作品となる連環自伝小説群「アドリアンもの」を読めば分かるだろうか(邦訳は本作を含め『アンゲル叔父』『コディン』しかないが)。物語の冒頭でアドリアンの母が語った言葉はおそらく正しい。

「今日おまえはちょっとした旅をするというが、それは病み付きになるよ。
明日はもっと長旅、その次はさらに長旅となって行くよ」(同P29)

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【田中良知訳『キラ キラリナ』未知谷から】
「母親というものは、みんな同じなのさ。
自分の詰まらぬちょっとした楽しみや、
ごくありきたりの悩み事も、子供たちに
そのまま引き継いでもらいたいんだよ」(P27)

「人間は何にだって染まっちまうんだ。
とにかく、いろんな辛いことにはなかなか慣れなくても、
悪にはすぐ染まっちまうもんなんだ」(P143)

「人間こそが人生の機微が分かる生き物だというのは、真っ赤な嘘だ。
知恵とかいったって、大した働きをするわけじゃない。
しゃべる能力があるからといって、馬鹿であることに変わりはない。
だが馬鹿の加減でいうと、動物の直感にも全然及ばないという点においてだ。
それは仲間の苦しみを察知し、痛みを分かってやれるかどうかという点なんだ」(P201)

「大地は美しいって?……とんでもない、それは嘘っぱちだ!……
どんな美も俺たちの心から、湧き上がって来るんだ。
心が喜びに満ち溢れている限りはな。この喜びが干上がってしまう日にゃ、
大地はもう墓場にすぎなくなるんだ」(P235)

(ロマン・ロランの評)
「真夜中に『キラ キラリナ』を貪るように読んだ、
私はじりじりしている……すぐにあなたにこう言わなければならない。
すごい作品だ! 今日の文学で、この種のものは皆無だ。
こんなふうに書ける作家は私を含め、否あらゆる作家を含め、
今日では一人もいない。(……)この力強さ、この情熱、
この悪魔じみた生活! これはもう、西洋のわれわれの時代とはいえない」(P241)