人類の未来への危惧

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政治的にも社会的にも、
本当の世界の歴史とは
人類の進化の歴史なのです
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1925年4月22日に書かれたロマン・ロラン自筆の手紙である。歴史家のマルセル・ベカスに宛てたもので発信地はスイスのヴィルヌーヴ。ベカスがロランに送ったエッセイについて7ページにわたり所感を記している。

人類は科学技術を発達させることで、これまで幾度も革命的な変化を社会に起こしてきた。しかし人類は、技術革新により手にした力を使いこなせるだけの精神的な進歩を遂げただろうか。むしろ悪魔的な巨大な力に翻弄され続けてきたのではないか。ロランはそうした未来の人類の姿を予見するかのように、抑えのきかない知識の増長を警戒し、それを制御する力を見つけることの重要性を強調している。

※マルセル・ベカス 1888年ワルシャワ生まれ。革命・社会主義が専門の歴史家で、ロシアでの革命に関する膨大な蔵書はよく知られている。血の日曜日事件に端を発する1905年のロシア第一革命に関わり、シベリアに追放された経験を持つ。反ファシズムの闘士であり、前衛芸術の理解者でもあった。1939年パリで死去。

【編訳】
あなたのエッセイを拝読しました。とても興味深い内容でした。そのことについて、ゆっくりお話したかったのですが、今日までその時間を見つけることができなかったのです。やっと手に入れたこの時間を有意義に使いましょう。

あなたは社会の動きを正当に評価できる本物の歴史家です。政治的にも社会的にも、本当の世界の歴史とは人類の進化の歴史なのです。しかし、私は人類の進化が自ずと進歩的な知性化の方向へ進んでいると認めることはできません。

私は知識人に対するあなたの盲目的な信仰を非難します。私は不幸にも知識人に囲まれて生涯を過ごしました。彼らの多くは社会をより良い方向へ進めるどころか、底なし沼にはまり込ませることに長けているとすら思えるのです。

知識というものは人生を豊かにする道具となる半面、生物種に絶滅をもたらす凶器にもなり得えます。あなたはこの避けがたい重大な欠点、死に至る危険を見ていません。

時間がないので一例で我慢しましょう。私には欧州でも指折りの医師であり、毒物学者・法医学者でもある友人がいます。彼は今、とても苦しんでいます。現在の平和が、激しい戦争の100倍も人命を脅かしていることを知っているからです。

巨大な化学産業が大変な毒性を持つ物質を世界に垂れ流しています。自動車用の有鉛ガソリンなどが好例です。米国や新興国は自身を抑制できず、ブレーキもないまま悪魔の発明に身を委ねています。

ゆっくりとですが壊滅的な被害をもたらすこれらの毒は、それらを直接扱う者だけでなく、道路などにまき散らされたほこりなどを吸う者にも悪影響を与えます。もし毒を防ぐ対策をしなければ、ひとつの街、そして国全体が滅びるでしょう。

ところが大きな経済的利益のために、多くの人はもたらされる悪い結果についてほとんど関心がありません。政府は知識も良心もない人々に牛耳られ、加速度的に進歩する発明に追いつけない医学は無力です。そして発明家やエンジニアは、自らの発明が最悪の結果をもたらすかもしれないという考えを置き去りにして、自身の興味を満たすことにしか関心がありません。こうした産業はまだ黎明期ですが、私の友人である毒物学者は、神経障害や内臓疾患、不妊など、今後健康にもたらされる害悪を懸念して悲嘆に暮れているのです。

技術的発明の悪魔は、抑えのきかない知識の増長がもたらす自然な弊害です。それは私たちの時代の刻印であり、人類という生物種を自殺へ導くものです。

人間の生物としての本能は人類を救うでしょうか。おそらく。しかし、もっと精神的で直観的な力が必要です。単なる知性では悪魔から人類を守れません。

あなたの観察と思索を続けてください。決して急ぐことなく、自身の直感とその普遍化に入念で容赦ない批判を加えてください。不完全な定義のために混乱している諸要素を明確にし、はっきり区別できるようになってください。私はあなたが人間の精神的な進歩について明敏で深い見解に到達することを確信しています。

心からの共感を込めて。

ロマン・ロラン