美しい人間の詩

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一の非凡でなくともよい
千の平凡で 一生を貫け(P116)
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竹内てるよ著『生命の歌』南北書園

北海道生まれの女流詩人・竹内てるよ(1904~2001)の詩集である。初版は1941年に第一書房から出た。本書は1946年、戦後最初に南北書園から再版されたもの。

竹内てるよは生後すぐに父母と別れ、後には自らの子どもとも別れを余儀なくされた。生活は貧しく、病気で体の自由もきかない。貧・病・争の渦巻く人生のどん底を這いながら、苦悩を喜びへ、絶望を希望へ転換するような作品を残した。本書に収められた作品群もとても素直で、自分に向けた叱咤のようにも聞こえる。子を想う母としての詩篇も多い。健気で凛とした、美しい人間の詩。

【「序」から ※漢字は現代表記に改めた
「若さ うるはしさ
この人生に
生きることは一つの行である
闘ひである そして
万歳である」(P3)

【「真実」から】
「自分をうそつきに落す位ならば
むしろ いさぎよく死なう
社会は 真実を生きようとするものに
全身の敗北 これ一つを残した」(P4)

「常に私は
信ずるみちにひたむきである
たとへそのことのために
誰にすてられても
未来をもたない信頼
進展のまへにしりごみする友情
そんなものは 要らない」(P5)

「負けるな!
私は天真の人間を感じながら
幸にも 常に 確信をもつ
正しいみちを生きてゆくことの自負に
心よ 一切を超克しよう」(P5)

【「頬」から】
「生れて何もしらぬ吾子の頬に
母よ 絶望の涙をおとすな

その頬は赤く小さく 今はただ一つのはたんきょうにすぎなくとも
いつ人類のための戦ひに燃えないと云ふことがあらう

生れて何もしらぬ吾子の頬に
母よ 悲しみの涙をおとすな

ねむりの中に静かなるまつげのかげを落して
今はただ白絹のやうにやはらかくとも
いつ正義に決然とゆがまないと云ふことがあらう

ただ自らのよわさと いくぢなさのために
生れて何もしらぬ吾子の頬に
母よ 絶望の涙をおとすな」(P30~31)

【「冷雨」から】
「けがれたまねを しまいと思ふ
しっかりと 自らに立派に
そして生きようと思ふ

五月といふに
つめたい雨がつづき
庭の白つつじは 咲かないままに散った

ひばりのひなは
しめった土の上に翅を引いて鳴く
つめたい 冬のやうな 風が吹く

生きてゆく不安と さびしさとを
ひばりの ひなも けふ知ったであらう
生きてゆく 不安と さびしさ
それを知らない 生がはたしてあらうか

ただ ひたすらに 自らをなだめて
私たちは 生命をもやすのである
苦悩が 衆生のものでなくして
私ひとりのものであったら
何を 矜持として 生きるものか

けがれたまねは しまいと思ふ
しっかりと 何よりもまづ
自らに立派で あらうと思ふ

貧を云ふのではない
そして 愛に 不満はない
五月
ゆめの中で 太陽にゆれる 青葉をみる
つめたい 雨の現世である」(P42~44)

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【「ひとりの時」から】
「じっとすわってひとりのときほど
最も大ぜいの人間であるときはない
私は他人の不幸を自分の身内に感じ
ひとしく自分の幸せを他人の上にうつし
その血を同族のために流す
それほど高められたわけではないが
決して孤独ではない」(P52~53)

「人のために死ぬと大言はしないが
水のやうに心は静かに深みまさり
一人のとき そして最も大ぜいのとき
世界の切望は ひそかに胸に鳴って
ああ 私は こんな時が一番好きだ
たとへ その放言を千人が笑っても
ただひとりが その涙を知ればよい」
(P54~55)

【「むかへ火」から】
「ひとりに死別し ひとりに生別し
愛児にえにしうすき この世の母は
年月の嘆きも 苦悩も 行ひによって清め
かく 襟を正して むかへ火をたく」(P58)

【「春の静寂」から】
「子供らは やがて 大きくなり
籠に人生のすべてのものを入れる
悲哀を まっさきに
そして 愛を 欲求を 嘆きを
とうすみ草の籠は やがて
一つの生命のすがたを入れるのだ」(P72)

【「サルビア」から】
「生きてゆくべきこの人生に
私は何一つ知らない
たった一つのことの他は

きびしい苦悩の春秋に 失ふべきものはすべて失ひ
そして ただ一つのものを残した
それは かぐはしい人生への愛だ」(P85~86)

「花よ 私は立派に貫いて生きよう
こびず 恐れず をしみなく
しかも 確信をもって」(P87)

【「ほたるぐさ」から】
「なつぐさ
かさなりしげる その下に
今年も ほたるぐさが 紫に咲いた

わが友よ
人生には
たった一つこの花に似た思ひがある

富を思はず 名を云はず
報い少き仕事をして
その一生を生きる人の
深き誠意と 愛とである」(P88~89)

【「月明の夜」から】
「地上に百千の人のねむるとき
ひとりおきて
霜にすわって修行の祈りするとき
私は人生に憎悪や偽疑のあるを打忘れて
ひたすらにその生を 愛しまつる」(P90~91)

【「秋来る」から】
「ああ今年またしづかに秋が来る
私は何一つしてはゐないけれども
心だけは清く この一年を生きた」(P96)

【「落葉をたく」から】
「私は人生の 愛と誠実を信じて生きて来たのだ」(P102)

【「人生のダイス」から】
「勝者に
勝者の人生が あるやうに
敗者にもまた
敗者の愉しい人生がある」(P105)

【「白梅」から】
「枝は
どんな細かなはづれまで寒風にきしんでも
花は
かっきりと 暗にひらく
白梅は 私たちの花だ

月が出て
小さい庭が海のやうなときは
かをりは ただよひ流れ 花びらは白く
しかも あたたかく強い

人生の
どのやうな不幸にもくづほれず
しっかりと
愛をもってその生涯を生きる
私たち女性の 深きさびしさは
月に咲く この花の姿にも似てゐよう

敗北の中にも 勝利の中にも
富の中にも まづしさの中にも
一すぢ 愛に生きる私たち
私たちは何時にても死ぬことが出来る
愛と 忠義のためにならば

今よひ
水のごとくなる月光の中に
静かにも 咲きてかをる
二月の花 白梅は 私たちの花だ」
(P106~108)

【「誕生の日」から】
「一の非凡でなくともよい
千の平凡で 一生を貫け」(P116)

【「銀河」から】
「今宵天体が
われらにみせるすばらしき銀河

地上
あくことなき汚れの中に沈むとも
燦然と
ひとり大空に 銀河は輝く

わが半生もかなしく
すぎゆく風の音もさびし

生も死も
いずれ人生にかへがたき責であり
あらそひも 偽も 疑ひも
ひとしく地上のいとなみの一つと思ひながら
心しづやかに仰ぐ大空の銀河

かの人も
この人も信ぜられずとせよ
自分さへ まぼろしの如く
はかなく思ふときのありとも

今宵 天体が
われらにみせる銀河

うつしよに生くるそのただ中に
大空にかくも美しき光あるは
地上にまた
人間の愛のある証しと信じ
心澄ましつつ仰ぐ 大空の銀河

おお 銀河
どのやうにも心を打つ美しさに輝け
地上の子
わたくしは泣きはしない」(P126~129)

【「流雲」から】
「ああ 待つといふことは
何とたのしいことであらう
運命が
その身の上に幸せず
暗く みぢめなみちをゆくときは
人は 行ひ正しく時を待たねばならない

待つといふことは
自らを破ることではない
内に 静かに充されつつ育つことだ」
(P156~157)